江戸

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「御殿山下台場跡」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

「台場」とは、砲台を設置した要塞のこと。嘉永6年(1853年)にペリーが来航し、1年後の再来を約して帰って行くと、幕府は江戸防衛のための台場の建設を急いだ。建設の責任者は、伊豆韮山代官・ 江川太郎左衛門 (えがわたろうざえもん)である。

この江戸湾の台場は「品川台場」と呼ばれ、全部で11基の建設が予定された。品川の御殿山などから土を運び、埋め立てによって海上に人工島を築きその上に砲台を設置するという計画である。

このうち実際に建設が開始されたのは第一〜第七台場の七基。しかし第四、第七台場は途中で建設が中止された。そして第四台場の代わりに建設されたのが御殿山下台場である。御殿山下台場は唯一の陸上台場だった。現在の台場小学校の敷地は、御殿山下台場の半分を占め、外郭をなぞる道路により五角形をした当時の台場の形状が確認できるということだ。


(台場については、品川台場跡もご覧ください)

PHOTO

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 (御殿山下台場の跡地にある港区立台場小学校)

 (明治になってから第二台場に建てられた灯台の模型。その下の石垣はこの場所から発掘された御殿山下台場のもの)