江戸

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「愛宕神社」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

徳川家康の創建になる神社。神社が建つ愛宕山には、かつて日本初のラジオ放送が発信された東京放送局もあった(現在NHK放送博物館となっている)。

「江戸城開城」の会談を前に、官軍代表の西郷隆盛と旧幕軍代表の勝海舟がこの山上から江戸市中をのぞみ、その美しく整った町並みを見て「江戸を戦場にしてはならない」という思いを共有したとも伝えられている。

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 (愛宕神社の「出世の石段」。ここを通りかかった江戸幕府三代将軍・家光が愛宕山上に咲く源平の梅が欲しくなり、馬にて取ってこいと家来に命じたが、あまりの急な石段に誰もが尻込みしていたところ、四国丸亀藩家臣の曲垣平九郎(まがきへいくろう)が見事、馬で駆け上り梅を手折って駆け下り、家光に献じた。曲垣は将軍から「日本一の馬術の名人」の誉れを賜った、との故事。毎日、「出世」を願ってかこの急な石段を登って参拝する人の数は意外に多い)

 (桜田烈士愛宕山遺蹟碑。桜田門外で井伊直弼大老を暗殺した水戸浪士たちは、ここに集合し桜田門に向かった。江戸城・桜田門までは約2キロメートル。ここから歩いて2〜30分の距離である)

 (愛宕神社 御由緒書き)

 (桜田烈士愛宕山遺蹟碑の裏面。この碑の建立は皇紀2601年となっている。皇紀2601年は昭和16年)

 (愛宕神社本殿。幕府大老である井伊直弼の暗殺をめざす水戸浪士たちは、徳川家康の創建であるこの神社に本懐成就の祈願をした。彼らの真意そしてその願いを聞き届けた神意は如何なるものだったのだろうか。ちなみに明智光秀が信長を討つときに戦勝祈願を行ったのも「愛宕神社(現・京都市右京区)」で、こちらは全国の愛宕神社の総本社となっている)