江戸

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「勝海舟誕生地」は、地図上のマークがある付近です。

HISTORY

勝海舟は、文政6年(1823年)1月30日、父・小吉の実家である男谷家で生まれた。幼名・通称は麟太郎。7歳までこの地で暮らしたあと、本所入江町(現在のJR錦糸町駅の近く)に移った。

父の勝小吉は剣豪として知られた男谷信友(おたにのぶとも)(精一郎)のいとこ。旗本小普請組で禄わずか40俵であったから、もし勝海舟が生まれたのが幕末のこの時期でなければおそらくは一生貧乏旗本で終わっていただろう。

しかしペリー来航により、老中・阿部正弘が広く市中に意見を求めたことが海舟の運命を変えることになった。海舟が提出した意見書が幕府の目にとまり、安政2年(1855年)の1月をもって洋書の翻訳などの要員として登用されることになるのである。
(勝海舟については、勝海舟邸跡もご参照ください)

PHOTO

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(両国公園の北端の道路から)

(碑は両国公園の南端にある)

(「勝海舟生誕の地」と刻まれた碑。法務大臣西郷吉之助書とあるが、西郷隆盛のことではなく西郷の孫である。第二次佐藤内閣の法務大臣を務めた)

(生誕の地の説明板)

(勝海舟の略歴が記された由来碑)